蛸と砂漠





 先日、海の町 エッサウィラのレストランで食べた蛸があまりにも美味しく忘れがたく。近所の魚屋に話すと、ならば取り寄せようと言ってくれた。


 お願いしたのが金曜日の午前中だったため、火曜日朝受け取りの予約になった。金曜日はイスラムの安息日なので、魚屋は午後一のお祈りの時間の少し前から店を閉める。きっと月曜の朝に手配をするから火曜日、ということなのだろう。







 約束の火曜日に受け取りに行くと、残念ながら入荷していなかった。その代わりに、いつか仕入れるチャンスがあった時には電話をしてくれることになった。


 数日後の朝早くに電話がなり、魚屋からだった。蛸が手に入ったから、すぐにいらっしゃいとのこと。駆けつけてみれば、待ちに待ってやっと手に入った蛸なのに、それをプレゼントしてくれると言う。それも新鮮そうな生のものを3杯も。こちらとしてみたら多少高くても買おうと思っているくらいだったのに。


 そう思いつつも、マラケシュの住宅街のただ中にあってはきっと蛸はほとんど需要がないだろうから、市井の魚屋にとっては売り物としての価値がさほどないのかも知れない。そう言えば、以前に暮らしていた海の町でも、図らずも捕獲してしまって持て余していた蛸を漁師さんから譲り受けたことがある。









 それで思い出した。


 もう何年も前、西サハラを旅した時に、サン=テグジュペリが駐在していたことでも知られる砂に埋もれた小さな港町に滞在した時の晩餐のことを。


 かつてはジュビー岬と呼ばれたモロッコ最果ての地、タルファヤ。宿泊していたうら寂れたホテルの食堂で、うかつにも「蛸が食べたい」とメニューにはないことを軽い気持ちでリクエストすると。何時間も待たされた挙句に蛸料理のフルコースが運ばれてきたのだった。滅多にない外国人観光客への歓迎の表れだったのだろう。とは言え、料理が出てきた頃はすでに夜更け。眠気と戦いながら蛸の山に挑んだ。









 日本のスーパーで売られている蛸の多くがモロッコ産であることに気がついている人は、わりと少なくないかも知れない。そう、蛸はモロッコ人が食べるものではなくて、外国人のためのものなのだ。何年か前に、輸出のために乱獲が激化して、モロッコの海から蛸が姿を消してしまったという話さえ聞いたことがある。


 そして、日本では決して声を大にしては言われていないこと。モロッコ産と表示された蛸の多くが、西サハラで水揚げされているという事実。この未解決の問題が続く地域については長らくモロッコが領有権を主張しているけれども、それを認めている国は決して多くなく、日本も否認の立場を取っている。つまりこのサハラウィたちの大地や海は、もう長い間、国際的な位置付けが宙ぶらりんのままなのだ。


 にも関わらず、日本政府は蛸欲しさに事実に目をつぶり、西サハラ産の蛸をモロッコのものという名目で輸入している。つまり、日本でモロッコ産のラベルが貼られた蛸を食べることは、西サハラがモロッコの領土であるということを黙認することにつながりかねない。日常の中の幸せな食卓が、ただ美味しいたこ焼きをほお張ることが、知らぬ間にある重大な矛盾に加担してしまっていることになるかも知れないのだ。







 それにしても、エッサウィラの旧市街の道端で、売り物の蛸を執拗に壁や地面に打ち付けるモロッコ人の姿は滑稽だった。モロッコでは概して柔らかいものが好まれる傾向にあるため、叩いてほぐさなければ買い手がつかないと思ってのことなのだろう。


 フランス人が経営する小粋なビストロのテラス席で柔らかい蛸に舌鼓を打ちながら、先ほどの彼の手荒い下ごしらえのイメージが頭をよぎった。







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